02




! 一年の女子が呼んでいるぞ」

「……一年? ああ、鶴ちゃんね」


教室入り口近くの席のかすがから声がかかった。
一年生の、それも部活の後輩でもない鶴姫と知り合ったのは、本当に偶然だった。



ある日、鶴姫が名も知らぬ思い人を追いかけながらダーツ占いをしていると、
やはりというか、いつものように放った矢は思いもよらない方向へと飛んでいく。
進行方向に人はいなかったが、飛んで行った先には剣道場の空いた入り口。

さあっと顔を青ざめさせながら扉から覗き込むと。
そこには竹刀を斜めに振り切ったと、綺麗に真っ二つに折られた矢が落ちていた。



そのような出会いであったが、と鶴姫はその後もいい感じに交流が続いている。


「先輩!」

「どうしたの、こんなところまで?」


こんなところ、というのは別に私のクラスが特別来るのを倦厭したいと思う程汚いからではない。
鶴ちゃんのクラスと私のクラスがかなり離れていて、距離があるのだ。
さすが超マンモス校と言われる高校は伊達ではない。


「あの! 私、今朝もダーツ占いやってたんです! そしたら先輩に、」


危険が迫ってるんです、という声と同時に、体に衝撃を感じた。


「殿……っ!」


どん、と強くぶつかってきたそれは、私を突き飛ばすことはなかったが、
しかしそれだけで終わることはなく。
あまつさえ背後から腕を回してきたそれは、朝から大声で私の名前を呼ばわった。


「……!?」

「――――ええいっ! 離せえっ!!」


ぶんっと音がするほどに腕を振り回し、その拘束から抜け出そうとすると、
それにいち早く気が付いた腕に難なく阻止されてしまった。


「だ、誰!? ちょっと、離しなさいってば!」

「殿、俺を忘れてしまったのか……?」

「わ、忘れるも何も……」


抱きついてきたときの勢いはどこへやら、急激にしゅんとして切ない声でそう言う。

こんなときに助けてくれ、と助けを求めてみるも、鶴ちゃんはおろおろわたわたして
ポケットの中や制服の内側で探って、何かを探している。
周りに目を向けてみても、ぎょっとしてこちらを見ながら廊下を通り過ぎていく人は
数多くいても、手を貸して助けてやろう、なんていう心優しき人はいない。
でもまあ、それはそうだ。自分が見ている立場だったなら、そうしているからだ。

しかし今は私が見られている側だ。
自分のこととなれば話は別。180度の真反対といっていいくらいに別だ。

ぎゅうう、と締め付けてくる腕からなんとか身を乗り出して、今のこの状況を打破してくれそうな
人を人ごみの中から探す。


政宗……は駄目だ。あいつはこの状況を見てからかい倒して去っていく奴だ。

慶次……あいつも駄目だ。あいつは一言目に「恋は良いねえ!」とか言って盛り上げるだけ盛り上げて
少し離れたところでこっちをニヤニヤ観察するんだ。

元親は……うん。まず学校来てないな。悪い奴じゃないんだけど。

元就……論外。助けてくれない。冷たい視線をくれてそのまま去ってくよ、あの人は。

佐助……うーん、助けてくれるだろうか。でもこの頃「お守役になっちゃって〜」的なことを言ってたから
面倒はきっと避けていくんだろう。

かすがは、うん。今の時間帯は謙信先生との神聖なる朝練に精を出しているのだろう。

小太郎……この人はこの人で所在から分からない。授業のとき以外どこにいるのやら。

家康……こいつも駄目だ。人の話を聞かない。二言目には「絆が!」とか言って熱い抱擁ののちに
去っていく人だ。

三成……こいつはこいつで話を聞かない。というか聞く気が無い。秀吉先生と半兵衛先生以外の人の
話を聞こうともしない奴だ。私の危機を助けてくれるわけがない。


考えてみれば、私の周りに普通に人を助けてくれる奴がいない。
なんてこった、これじゃあ助からないじゃないか。
これからは友人関係にも気を使おう。

いまさらどうしようもないことだが、つらつら考えこんでいれば
おとなしくなった私をさらにぎゅううう、と締め上げる腕。


「わ、私を、殺す気か……!」

押しつぶされた小さな声で訴えてみても、気付いてもらえない。
そこへ、青い影が近付いてくるのが見えた。


「政宗ぇ、ちょ……助けろ……!」

「Hey! 、何やってんだお前ら? ここは公共の廊下だぜ?」

「……! その声は、伊達政宗殿!」

「そう言うおまえは、真田幸村! どっかで聞いただと思えば……」


いちゃつくんなら他所でやれ、とのたまった政宗の声を聞いた途端に、
バッと私から離れた彼は、真田幸村というらしい。

二人とも知り合いだったらしく、何やら不穏な空気を纏わせながら睨みあっている。


「真田……ここで会ったが百年目ってやつだ、You see?」

「政宗殿……! まさかこの学校にいたとは。しかし、なぜ殿とあのように親密なのだ!?
某の記憶が正しければ、幼馴染でもないでござろう?」

「Ha! ガキの頃の繋がりだけが出会いだと思うなよ。その後の出会いってのがkeyなんだ」


なんだかよくはわからないが、私なんかより随分と仲良さ気に顔を突き合わせている。
状況も何もわかったものではないが、これはチャンスだ。真田幸村という、あの男から逃れる為の。



「いちゃつくんなら、他所でやれ!」



さっさと安全圏と思われる位置にまで逃げたのち、すでに遠い二人に届くよう声を張り上げる。

声はきちんと届いたようで、言われた二人は首だけこちらに向けてきょとんとしていたが、
すぐに私の方を向いて弁解やら文句やらを浴びせる。
しかしここまで離れれば、何を言われようと手が出てこないことがわかりきっているので
安心だ。安心すぎてドヤ顔になってしまう。



「ちっ、違う! 俺は、政宗殿とはただの好敵手同士で!」

「おい! 何不愉快なことデケー声で言ってんだ! お前のboyfriendだろうが!」

「阿呆! 違うわ!」


聞き捨てならない単語に力いっぱい否定しつつ、そして背後に幸村の迫ってくる音を聞きつつ
私は朝の廊下を全力で駆けだした。