05







「くっ……」

「。貴様、打ち込まれたときに体勢を崩す癖をどうにかしろ」

「どうにかって、女子と男子の差くらいは考えてよねっ」

「知ったことか」


がしんがしんと私の力を上回る強さで竹刀を打ち付けてくる三成。
私も負けじと打ち返すものの、力では到底敵わない。


今は放課後の部活動タイム。またの名を、私の至福の時間だ。
いつもなら、時間を決めて政宗とも打ち合うが今日はおそらくそれはないだろう。


「うおおおおおおお!」

「HA! かかってこい真田!」


なぜならいつもは奇数でローテーションの必要があるが、今日はその必要がないからだ。
転校初日から幸村は熱心にも部活動に参加しに来ているのだ。
そして、それからずっと政宗と打ち合い続けている。
人数が少ない我が部では、ローテーションを必要としなくなったことは効率も上がり、
部員数も増えるため、嬉しいことなのだけれど。


「よそ見している暇が貴様にあるのか」

「へ? あっ」


すっと手首を返され、三成に竹刀を巻き上げられた。
私の手から離れて飛んだ竹刀は、なんともあっけなく床に落ちた。


「はあ。ごめん三成。もっかい」

「……仕方ない」

「ありがと。……集中する」

「当たり前だ」


三成と打ち合っていながらも、ちらちらと目に入ってくる二人にどうしても意識が持って行かれる。
今まで自分が打ち合っている間に同じくしている組がなかったせいだ。
自分の目は幸村ばかりを追うが、おそらくそれは幸村を見慣れていないからだ。

さっきの打ち合いでは三成は私のどこでも狙えた。そのくらい無防備だったはずだ。
きっと集中できていなかった私は顔を打たれても避けきれなかった。
しかしそれをせずに竹刀を巻き上げたのは三成の優しさだったのだろう。彼はこの部で一番強いのに、
一番弱い私と打ち合うとき、少しだが手加減をして私を鍛えてくれる。
だからこそ私は彼と楽しんで全力で向かえる。受け止めてくれるという信頼があるから。


「えっ……と、う、わ!」

「!」


いつの間にか引いてあったラインを越えてしまっていた。
今日は体育館のワックスを塗りなおす日だということで、本当は使用できなかったのだが、試合も近い
ということで、ライン外は使用しないという制約のもと、特別に一部だけ貸し出してもらえたのだ。
……そして三成との打ち合いに夢中になっていた私はそのワックスでつやつやと光るライン外に足を
踏み入れてしまったのだ。なんというお約束。

そんな感じでつるりと滑って尻餅をつくはずが、私と打ち合いをしていたのはこの部一のスピードを
持つ石田三成君その人であった。そんな彼は優しい上、私を助けるのなんか訳もない程の速さを持って
いるのだ。
危なげもなく私の腕を引いて床との衝突を免れた私は、三成の胸と衝突する羽目になった。


「……ありがと三成」

「きちんと気を張っていろ。危なっかしい奴め」

「さっきは自分に集中しろとか言ってたくせに」

「足元に気を配るのは当たり前だ」

「は、ははは破廉恥でござるうううぅぅぅ!! 石田殿! 殿を離されよ!」


ほとんど座り込んだ状態で、方やの腰に腕を回し、至近距離で何事かを彼女に囁いている三成。
方や、そんな三成の胴着の袖をぎゅっと握りしめて縋り、見つめている。
どうやら私の声に反応してこちらを見た幸村が、顔を真っ赤に染めてわなわなと震えながらこちらを見て
いる。……政宗に思いっきり面を取られて竹刀でもろに打たれながら。

そして一しきり叫んだかと思うといきなりこちらに突っ込んできた。
……竹刀を構えたままで。


「ちょ……こっちくんなあああ! 来るならその手のものを捨ててからこいッ!」

「ふん。何かは知らないが私情に眩むなど、言語道断」

「くっ……!?」


最速を誇る三成の一太刀を受けた幸村は、勢いを殺がれてたたらを踏む。
流石に幸村と言えど、部一の三成には敵わないようだ。……もっとやってくれ三成。

心中でそんなことを考えているなどとは思いもしないだろう幸村は、自分を上回る速さの三成に随分と
苦戦を強いられているように見える。見た感じ、速さだけならきっと私の方が上だ。
この部で唯一、三成のスピードに(やっと)ついて行けるのだ。自慢じゃないが私は早い。はずだ。

幸村は表情を歪めながらも、ちらりとこちらに視線を流し、私と目を合わせた。


「殿! 次は是非俺の相手をお願いしたい!」

「ちょ、おま、その状況で何言ってんの!?」

「……良いだろう貴様、余程私に打ちのめされたいと見える……!」


幸村は幸村だった。目の前に殺気立って目つきが相当に悪くなっている三成がいるにもかかわらず、
こちらを向いて真剣に三成の次の予約を取り付けようとしている。なんだこいつ、そんなに自信があるのか。
その態度が大変癇に障ったらしい三成はキレている。きっとすぐには離してもらえるはずもない。

することのなくなった私は、ふと、そういえば私と同じような立場の人間がもう一人いるのを思い出した。
ここに私、三成、幸村が集っているのなら、伊達は今きっと寂しくぼっちだ。


「……モテる女は辛いな?」

「真逆の意味で超辛い。代わってよ」

「Ha! 誰が。やなこった」


相手が突如としていなくなった私たちは、とりあえず自分たちの水分補給を目当てに竹刀を置いて二人で
体育館を出た。


……戻ってくるのはもっと時間をおいてからにしよう、というのが政宗との一致した意見であった。