「先輩、この間はごめんなさいっ……」 「え、ああ。いいよ、あれはほら、急に走り出した私も悪かったし」 この間、とはそう、先日転校してきた幸村から(伊達を犠牲にして)間一髪逃れた日のことだ。 あの時占いで出た私への危険をわざわざ教えに来てくれた鶴姫をおいて、は一人教室前の廊下を走りぬけたのだ。 しかし、あれはに言わせれば正確には私のせいではない。 転校早々、一方的に再会を喜び、あまつさえ突然熱い抱擁をくれた幸村にこそ罪があるのだ。 だが、が鶴姫をおいて廊下を走りぬけたのも事実。 そこは悪いと思っていたのできちんと謝っておいた。 「それにしても鶴ちゃんの占い当たるよねえ」 「そうですか? ありがとうございます、嬉しいです!」 「そう言えばかすがも上杉先生との相性を占ってもらったんだよね?」 「ああ。結果は詳しくは言えないが、とても良かった、とだけ答えておこう」 「言っちゃってるね」 「なんと! 鶴姫殿の占いはそんなに当たるでござるか!?」 ……入ってきた。会話に入ってきた。 いや、別に変なことではないんだけども。 今はお昼休みで、屋上にお弁当を食べに来ている。結構広いので大人数でも大丈夫なのが利点だ。 私たちはそれを利用して、天気のいい日はいつも大人数でここに押し掛けている。 メンバーは仲が良いものも悪いものもなぜか一緒になっている。 元親と元就はなんだかんだ言いつつ、一方的に拒絶している元就が理知的で、友人と呼べる関係を 築いているので、まだわかるのだが。 どうして伊達と家康の中に三成が入っているのかがわからない。 いや、入ってはいないのだが、同じ空間にいる。それが特にわからない。 三成の場合、元就と違って直情型であるがゆえに自分の感情にまっすぐなのだ。 言いかえれば、曲がることを知らないのだ。 なのだから、そりの合わない二人とはどこまで行っても合わない。 だからこそ、こうも同じ空間にいる理由がよく分からない。一人は寂しかったのだろうか。 そんな感じでご飯を食べている日常に、幸村がやってきた。 元々知り合いだったらしい伊達とは既に意気投合(?)し(本人たちはライバルだと言っている)、 周りとも難なく溶け込んでしまっているので、何らおかしいことでは、ない。 佐助とも知り合いだったらしい。佐助の言っていた「お守役」とは、彼のお守役という意味らしかった。 そしてさらに言えば、幸村は悪い人間ではない。むしろ良い人だ。 数時間の彼を見てきて、嫌でもそう感じた。彼は優しい。 しかし。しかし、だ。ただ一点において、彼はとんでもなく豹変する。それが私に対してなのだ、嬉しくない。 彼の中で私が関係するだけで、ただただ一途に、ただただ純粋に。ただただ情熱的になる。 もしこれが彼に恋する乙女が相手だったならば、反応も結果も違っていただろう。 だが、実際には相手は私だ。うまい感じになるはずがないのだ。 「では、某も占ってみてはもらえぬだろうか」 「ええっと、真田先輩でしたっけ? 何を占います?」 きらりと輝く瞳でノリノリな鶴ちゃんはとてもかわいい。 同じように、きらきらと一途な瞳の幸村も、かわいい。しかし嫌な予感しかしないのは何故だ。 「もちろん、殿との相性でござる!」 「ほら来たあ! 予想を裏切らない奴めえええ!」 どうしてこうもまっすぐなのか。彼が何に対しても一生懸命で一途なのはわかるが、 その対象にどうして私が入っているのか、まったくもってわからない。 彼くらいの容姿であれば、寄るものは多くいても避けるものはいないだろうに。 「よっし、いいですよー! ばばーんと当てて見せますよ!」 そこで返事をしちゃう鶴ちゃん、おーい。戻って来い。 鶴ちゃんは人の恋に関わるのがとても好きなようだ。前に彼女に聞いたところ、 「恋のキューピットになりたいんです!」とか何とか言っていたっけ。 今は矢を持っていないのでタロットで行きますね、と言って鶴ちゃんは懐をごそごそやり始めた。 実に楽しそうで、なによりだ。 そして何事か呟いてのち、立ってばらばらとタロットを足元に撒いた。 不思議とほとんどのタロットが背を見せている中、数枚のカードのみ表を向いている。 見れば、何やら天使のような翼の生えた赤ん坊が反り返ったラッパを持っていたり、 熱烈に愛し合い唇を合わせた男女の絵柄が目に入る。……もう見たくない。 「まあ! なんて良い相性なの! こんなの見たことない!」 「誠でござるか!」 「誠に見たくない」 頬を上気させ、本当に嬉しそうな表情を隠そうともせず振りまく幸村に軽く頭痛を覚える。 本当に、嬉しそうなのだ。私のことを好きなのだと言って、そういう顔をする。 「殿! 俺は感動した!」 「ぐえ」 「俺たちの相性は本当に良かったのだな!」 「ぐえぐえ」 「俺は、俺は……!」 「ぐえぐえぐえ」 「Hey,幸村。そろそろ離してやらないとお前の愛で死んじまうぜ」 「はっ! すまん殿!」 感激で我を忘れていたのかぎゅうぎゅうと力を増す腕に避ける間もなく締め付けられ、 伊達いわく幸村の愛で窒息死するところだった。そんな死に方は私の人生設計の中には含まれていない。 本当に苦しくて、文句も口にできなかった。 離してもらえてもくらくら、くらくらと私の世界が回っている。 ふらりとよろければ、隣に座っていた元親がそのたくましい腕で受け止めてくれた。 「おい、大丈夫かよ。あんたももっと力加減ってものをよ……」 「は、は、は、破廉恥でござるッ! 早々に殿から離れよ!」 いやいやいや、今までのあんたの方がよっぽど破廉恥だよ。 そう突っ込みたくても突っ込めないまま、ぐいんと幸村の腕の中に逆戻りする自分の体を感じた。 本当に、早く食べてお弁当箱を片付けておいてよかった。 即刻離れたいが、だめだ。頭がくらくらして力が出ない。 先ほどよりもずっと加減された今のような抱擁なら、まだ全然いいな……と思いながら屋上の空を見上げた。 ← → |