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「君、何か今、欲しい物はないかい?」 教室で友達とお弁当を食べていると、後ろから声をかけられた。振り向いてみればそこに立つのは我らがクラスの 麗しの竹中君。 天才、女にも劣らぬ美貌、病弱、実は女子、紫の眼鏡は伊達、豊臣先生を信奉するあまりアッチの人になってしま った、で、隣のクラスの石田くんと豊臣先生を取り合っている、など。彼に関する情報は真偽問わず絶え間ないく らいに飛び交っている。そしてついでに石田君のあらぬ噂まで流れてしまっている。 そんな彼が私の後ろに立ってそんなことを聞いてきた。 私は机の上や横のバッグを見て回るも、特に盗られたり隠されたりしているものはない。 「別に何もとられてはないと思うんだけど」 「……君から盗ったものを君に探させようとしている訳じゃないんだよ」 少し呆れた顔をして訂正し、そうじゃなくて、と言葉を足してくれた。 「今欲しい物はないのかい、必要なものとか?」 「必要なもの……なら、消しゴム」 「それも違うよ……」 さらに何かしょうがないと言うような顔をしながらも私に消しゴムを貸してくれた。意外と親切な人だ。 それを借りて誤字を消す。返す時、「消しゴム切れてて困ってたんだ、ありがとう」と言うと少しはにかんで「お 礼を言われるほどじゃないよ」と言ってくれた。どうしようこの人、男にしとくにはもったいなさすぎる。 「そうでもなくてね。そうだな、君、好きなものは何かな?」 「好きなもの?」 言われてみて考える。 竹中君は今、“好きなもの”と言った。“好きな食べ物”とは言っていない。ならば。 「音楽が好きだな」 「音楽?」 「うん。特にピアノとかクラシックが好みだな」 「ちなみに誰の曲が?」 「ん、ショパンとか」 「なるほど……。参考になったよ、ありがとう」 そう言って少し悩みながらも去っていった竹中君を見送る。 今のやり取りが一体何の役に立って参考になったのかを是非聞いてみたい。 「一体何だったんだろうね?」 「……さあ。好みの音楽だけ聞いて帰るとか、やっぱりよくわからない人だな」 それがホワイトデー三日前のできごと。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「やっと終わったね、どこ寄って帰ろうか」 「んー、そうだねー」 「すまないが、今日は彼女を借りていっていいかな」 とんっと両肩に乗せられた手が私の体をいとも簡単に捕まえた。よほど驚いたのか、友人は目の前で目を見開いて こくこくと頷いている。おい、人を売るな友だろ! ついっと後ろをできる範囲で振り向けば、あの綺麗な顔が近くにある。身長差はあれどそれでも十数センチ。近い。 表情は人懐っこく頬笑みさえ浮かべているけれど、言葉自体が既に疑問形でもない。形だけは聞いてるけど、こち らの意思は知らねえよ、のアレだ。 振り返っていた私の目と半兵衛の薄い色の目が合う。間近で見たからこそわかる。竹中君、睫毛まで真っ白だ。 「それじゃ、行こうか」 「へ?」 既に早足で駆け去った友人の姿はここにない。 「さ、ここに座って」 連れてこられたのはなぜか音楽室だった。大きなピアノが一台中央に設置されていて、私は促されてそのピアノに 最も近い木の椅子に腰かけた。 さっきは意味もわからずついて来て(連れてこられて)しまったけど、歩いているうちに今日はホワイトデーだっ たことを思い出す。そんなまさかあ、と思いつつそれなのかも、と考えていたが、そうではないらしい。 ……まず第一の条件として、私竹中君にチョコあげてないもんねえ。 それは半兵衛のみに言えることではなく、今年は大学受験が控えていたこともあってクラス自体がそう言った雰囲 気ではなかった。 おもむろにピアノの前に座った彼は、あらかじめ開かれていた鍵盤に指を添える。 滑らかに滑り出す指と、甘く柔らかな旋律が流れだす。まだまだ荒削りな所もあるが、それでも十分上手いと言え る腕前だ。 「あ、これ」 「……気付いた? フレデリック・ショパンのエチュード25-7」 ショパンのエチュードの中で唯一編曲されていない曲、あえてそこを選ぶセンスはわかった。しかし半兵衛が一体 何が言いたいのか、伝えたいのかがわからない。これは確か恋の曲を代表するものだ。 しかし半兵衛の弾くピアノに引き込まれ、聞き始めてものの数十秒で頬が熱くなった。曲が、とても甘い。蕩けそ うになるような旋律に乗せられる感情は淡く、甘く、熱い。ときおり向けられる目に、その全ての感情を私自身に 向けられている錯覚を起こす。 数分後、弾き終えてから席を立った竹中君が私の前に椅子をずらしてきてそこに座った。 聴きながら照れて赤くなっていた私と同じくらい、弾きながら頬を染めていた彼は、それを指摘すると「昂ったの かな」とまたもやはにかみながら答えた。 「三日前から頑張って練習したんだ。プロと比べられたら敵わないけど、僕の気持はこれ以上ない程に込めたよ」 「え、そん……きもち?」 「そうだよ。君が音楽が好きだって言っていたから、本当に君のホワイトデーの為だけに捧げようと思って」 他の誰が同じことを言おうと、セリフ負けしている、とか何それ重い、とか色々考えてしまうけれど。 他でもない竹中君が言うのだから、とても様になっている。むしろ言葉やそれの重さの方が負けている。 そうなのだから、私の胸は不覚にも私の為にと努力を惜しまないでくれる竹中君にきゅんと射止められてしまった ようだ。私も竹中君も頬は上気し、目元はあらゆる理由によって色づき潤んでいる。 「ねえ、僕のものになってくれる?」