バレンタインデー限定拍手:三成
「石田君、これ受け取って!」
「石田君私のチョコも!」
「石田君! 石田君!」
「石田様!」
耳にきんきん来る。いい加減にして席につけよクラス女子。もう予鈴鳴ったぞ。
……ていうか誰だ、石田様って呼んだやつ! なんでへりくだっちゃったの!?
休み時間にもかかわらず、私の席は大賑わいだ。そろそろ先生が来てもおかしくない時間なのだけど。
正確には私の席が賑わっているのではなくその隣、つまりは私の隣の席の人間がやたらと人を集めているのだ。
何しろ今日はバレンタインで、顔立ちの整った男子諸君の運命は誰であっても変わりなく平等だった。
……元就は早々に権限を駆使して生徒会室へ閉じこもって逃げ延びたようだけど、それでも彼の机やロッカーはもう
そろそろ危うい。チョコによって机が死んでしまうんじゃないだろうか。
元親はそれを見越して学校自体にいないが、彼の机も以下略。
伊達と真田と前田はは結構嬉しそうに受け取っていた。幸村の場合は今日はお菓子配給日なんだろう。
家康君は照れて困りながら全部受け取っていた。良い人だなあと思った。
佐助君とか風魔君を見ないなと思っていたら、廊下側の窓から見える向かい側の校舎の屋上にいて、目ざとくも
私に気付いたのか二人で手を振ってくれた。サボりかよ。そして彼らの机も以下略。
そんな感じで生徒会室に逃げることも、ましてや次が半兵衛先生の授業なせいで抜け出すこともできずにいた三成が
大変可愛そうな目に遇っているというわけだ。
少なからずこちらにも騒音という被害が出ているわけだが、心優しい私は何も言わない。関わり合いになりたくないので。
「お、おい。私はこんなには……。受け取るとも言ってな……」
うろたえまくって困り果てたような声が隣から聞こえてきた。なんだかとても哀れな声だったのでもしかして涙ぐんで
いるんじゃないかと思って隣をちらりと見ると、がっちり目が合った。そして助けてくれと目で訴えかけられた。
私にどうしろと。そしてこっち見んな! 今日の女子の怖さは通常の三割増しなんだ。
がたんっと大きく音がする程度には押しのけられたのだろう。机が大きく移動した。
横を見れば、さっきまでくっついていた私と三成の机の間にはチョコを持って押し掛けた女子が挟まっていて、
こちらからは三成のかけらも見ることはできない。そしてそれは向こうも同じだろう。
ほら来た。まだまだ可愛い方なのだろうが、こういったことをされるのだから、関わり合いになりたくないというのだ。
睨まれているわけではないが、快くも思われていないようだし。
「さて、と」
「ふむ、主はどこへゆくつもりか」
「え、ちょっとそこまで?」
何も気分を害されてまでここにいる必要はない。そう思って立ちあがったのだが、その瞬間に先生が来た。
なんてタイミングだよ半兵衛先生。にっこり笑ってこっち見ないでください、いつから見てたんですか!
思い立った瞬間に教室から離脱する機会を失った私は仕方なく席について授業を受けることにする。釈然としないが。
「逃げようとしていただろう」
こそっと囁かれ、隣を見ると半眼になった三成が私を見ていた。ばれていましたか。
「助けようとも思い立たなかったのか、薄情者め」
「いやいや。何で私がバレンタインを阻止しなきゃならないのさ。彼女でもあるまいし」
「幼馴染の風上にもおけん奴め」
「そんな風上にはおかれたくもないよ」
こそこそと言い合っていると、半兵衛先生が授業を進めながらにこりとこちらを見やる。
分かりました静かにしますので目を細めてこっちを見ないでください、黒板見ろよ先生!
「おい、聞いているのか」
「授業聞いてんの!」
三成から視線を外し前を見るけれど、色々なところから痛い視線を感じた。
どうやら見ていたのは半兵衛先生だけではなかったらしい。嫌な気がしないこともない。
すると半兵衛先生は三成の方を見て何やら微笑み頷いていた。
何かと気になってみると、三成が手に銀紙に包まれたチョコの粒を先生に向かって差し出して見せていた。
……何やってんだ三成。とうとう頭が煮えたか、こんな寒い日に。
またしてもにこりと微笑んだ半兵衛先生は、軽い調子で言った。
「そういうことは外でやりたまえ。どこかに立ってなさい」
どこかってどこだ。そう考える暇もなく三成に手を握られ、立たされ、教室から引きずり出された。
後ろから大谷君の「主も面倒なのに好かれたな。ヒヒ」とか聞こえたけど黙殺させてもらう。
「……え。これ」
「逆チョコだ、くれてやる」
廊下に出た途端に、握られた手の中に何かを押しこまれて声をあげると、前を進む三成がこちらを向かずに言った。
ここから見えるのは耳だけだが、そこでさえ赤く色づいている。昔から照れ隠しというものが苦手な男だ。
どこに向かっているのかなど見当もつかなかったが、私と三成の手に握りしめられているチョコはすぐに溶けて
しまうのだろうということは私にも予想がついた。