「副長オオオオ!」


いつも通りの遅い朝、新撰組屯所で野太い男たちの声が響き渡った。


「局長が女にフラれたうえ、女を賭けた決闘で汚い手つかわれまけたってホントかァァ!」

「女にフラれるのはいつものことだが、喧嘩で負けたって信じらんねーよ!」

「銀髪の侍ってのは何者なんだよ!」


近藤を慕う荒くれども(警察)が一斉に土方に詰め寄る。
土方は内心どこから漏れたんだと考えながら、未だぎゃーぎゃーとうるさい荒くれども(警察)をたしなめ
ることにした。


「会議中にやかましーんだよ。あの近藤さんが負けるわけね―だろが。誰だくだらねェ噂たれ流してんのは」

「沖田隊長がスピーカーでふれ回ってたぜ!」


名指された沖田は、すすっていたお茶を置き、にたりと笑みを浮かべて言い放った。



「俺は土方さんに聞きやした」



それを聞いて頭を抱えたのは土方だ。なんでこいつに喋ってしまったのだろうか、と後悔しても時すでに遅し。


「コイツに喋った俺が馬鹿だった……」


頭を抱え続ける土方にごうごうと非難は勢いを増すばかり。
もちろんイライラも同時に蓄積されていった。


「うるせェェェぁぁ!」


ドガシャーンと派手な音を立てて机を蹴倒す。もちろん瞳孔は開いていた。
ついにキレた鬼の副長の堪忍袋の緒は、誰にも止めることはできないと思われた。


「あっ、ほらアレだ! ちゃんは!?
あの子なら副長の攻撃にも耐え得るうえ、上手くすれば機嫌もなおせるやもしれん!」

キレてついに隊士に(主に山崎)切腹だと当たり始めた土方を見て他隊士たちがわたわたと一人の少女を探
し始めた。
このまま放っておけば、隊士(主に山崎)が犠牲になるのも時間の問題だった。


「呼ーんだ?」

「ちゃん!」

「呼んでた、呼んでた! 待ってたよォォ! 副長の機嫌をなおしたげて!
このままじゃこっちに火の粉が降りかかんのも時間の問題だって……」

「ええ、めんど……」

「そんなこと言わずにィィ!」


天井に潜んでいたらしい目当ての人物は、特に自分には害がない(あっても大したことにはならない)こと
を分かっているからか、特に焦った様子もなく言葉通りめんどくさそうだ。


「しょうがないな、まあこのまま放っておいたら退君腹切りさせられそうだしねえ」


本当に不本意だと全身で表現しながら重い腰をあげたを、隊士たちは女神でも見るかのように拝んだ。


「ひーじかーたさーん、もうちょい静かにしてもらえませんかねえ?
大体退君いなくなったら新撰組は色々成り立たないんだしさ」

「」

「ちゃん……!」


感激に打ち震える山崎と、苦虫を噛み潰したような顔の土方。
両者ともに正反対の反応だ。

「お前……いや、何でもねェ」

「……?」


いつになく歯切れの悪い土方に首をかしげる。
そこに、不釣合いなほどテンションの高い声が入ってきた。


「ウィース。おお、いつになく白熱した会議だな。おっ、ちゃんまでいるなんて珍しい」


一同の動きがぴたりと止まり、同じように開いた襖に視線が集中する。視線の先には、今話題の、
しかもオプションとして大きく頬を腫らした男が立っていた。


「よ〜し、じゃあみんな、今日も元気に市中見廻りにいこうか……ん? どーしたの?」


この異様な空気を一欠けらも理解していない男に、土方のため息が漏れ出た。












「なんですって? 斬る!?」


隣で物騒なことを言い始めた土方に、流石の沖田もこれにばっかりは驚いた。
その土方は電柱に貼られた、白髪の侍に向けられた明らかに手書きの手配書らしきものを荒々しく剥ぎ取る。


「ああ斬る」

「件の白髪の侍ですかィ」

「新選組の面子ってのもあるが、あれ以来近藤さんの敵取るって殺気立ってる。
でけー事になる前に俺で始末する」

「土方さんは二言目には『斬る』で困りまさァ。古来暗殺で大事を成した人はいませんぜ」

「暗殺じゃねェ。堂々と行って斬ってくる」

「それでも、銀時に剣で勝とうとするのはちょっとアレだよ」


ひょっこりと土方の目の前に逆さまに現れたは、どう見てもどう考えても、土方の真上から目の前に
顔を出してきた。


「おまっ、ちょ、! てめェまた俺の頭の上にいたな!? いつからだ!」

「えー? 屯所出たときくらいから?」

「総悟テメ―も気付いてたんなら言いやがれ!」

「嫌ですねィ。わざわざ人の趣味に首突っ込むほど俺ァ野暮じゃねェんで」

「頭に人乗せるののどこが趣味だァァ!」


ひとしきり文句を言って総悟追いまわし、絶妙にバランスをとって頭の上に居座り続けていたをも
頭の上から引きずり降ろしてから本題に戻った。
土方にとっては、謎の銀髪侍よりも全く体重を感じさせることなく他人の頭に堂々と居座る彼女の方が
よっぽど謎に包まれている気がしていたが。


「そういや、がそこまで言うなんて珍しいじゃねェですかィ? それほど奴は強いんで?」

「うん。強いよ。私だって剣だったら敵わないし」

「ちょっと待て。お前、犯人知ってるのか」

「知ってるって言うか。近藤さんを伸せるほどの銀髪って言ったら、私銀時しか思い当たらない」

「奴ァ今どこだ」

「さあ。私だって四六時中一緒にいるわけじゃないんで」


そのやり取りの間、途中からきょろきょろと何かを探しだしていた総悟は、何かを見つけたらしくとても
良い顔をしていた。


「がそれほど言う奴をわざわざ相手にするなんざ、そこまでせんでも、
適当に白髪頭の侍を見繕って連れ帰りゃ隊士達は納得しやすぜ」


これなんてどーです、と言いながら総悟は傍にいたみすぼらしいホームレスに木刀を持たせる。


「ホラ、ちゃんと木刀もちな」

「ジーさん、その木刀でそいつの頭かち割ってくれ」


イラつく土方に、それでも説得するように言葉を重ねる総悟。


「パッと見さえないですが、眼鏡とったらホラ、武蔵じゃん」

「何その無駄なカッコよさ!」

「なんて渋い目!」


総悟がビン底のような眼鏡を取っ払うと、そこには誰も持ちえないようなきりっとした双牟が隠されていた。



「マジでやる気ですかィ? も居場所知らねェてのに」

「地道に探し続ければ見つかるだろ」

「おーい兄ちゃん危ないよ」


ふと声に立ち止まって見ると、頭上からゴオオッと何かが落下してくる音。
上を見れば、数本にして束ねた鉄骨が土方の頭を狙っていた。


「うぉわァアアァ!」


それにいち早く気が付いたのは、忍であるだった。
素早く跳躍し、束ねられた鉄骨の腹に蹴りを入れて軌道をそらす。
もともと土方自らが飛び退いた分もあってか、鉄骨の束は土方からやや離れた場所でずうん、と重い音を
立てて地に落ちた。


「あっ……危ねーだろーがァァ!」


やはり自分の真上から鉄骨が降ってくるという恐怖の前には、
土方も流石に驚いて声を荒げずにはいられないらしい。


「だから危ねーっつたろ」

「もっとテンション上げて言えや! わかるか!」


対照的に危うく人一人を鉄骨で圧死させるところだった大工は、とてもそうとは思えない
やる気のなさとダルさでもって土方に返事を返した。


「うるせーな。他人からテンションのダメ出しまでされる覚えはねーよ」


悪態をついた後、いかにもダルそうに、やる気なさそうにヘルメットを外した、
その下から覗くのは銀髪で。


「あ、銀時」

「お、じゃ……」

「あ"あ"あ"あ"あ"! てめーは……池田屋のときの……」

「?」


銀時は訳が分からないと言った顔をしていたが、こちらとしてはついさっきまで話題に上っていた、
そしてこれから地道に探そうとしていた人物との思いがけない再会だったわけだから驚きも小さくはない。


「噂をすれば影、だ。探す手間が省けたぜ」

「……えーと、、こいつ誰?」


すっかり土方のことを忘れ去っているらしい銀時は一度を見るも、返答が無いので諦めたのか
すっと視線を外し、そこでおもむろに土方の肩にポンと手を置いて、何かを見定めるような顔をした。


「あ……もしかして大串君か? アララすっかり立派になっちゃって。
なに? まだあの金魚デカくなってんの?」

「おーい! 銀さん早くこっち頼むって」

「はいよ。じゃ大串君、俺仕事だから」


未だ呆然としてろくに動けない土方をそのままに、屋根の上から聞こえた声(恐らく雇い主の)に従って
屋根に立て掛けられていた梯子を上って行ってしまった。


「行っちゃいましたよ、どーしやす大串君」

「誰が大串君だ」

「別にこのまま放っといても良いんじゃない、大串君?」

「だから、誰が大串君だ!」


ふざける総悟には、鋭い視線と共に前髪を掴み上げると言う報復を与えられたが、いかんせん二人目の
は忍。総悟と同じ目に合わせようとした土方の手をするりと抜けてしまったので、仕方なく視線で
射抜くに留まった。


「あの野郎わずか二、三話で人のこと忘れやがって。総悟、ちょっと刀貸せ」

「?」

「……」


総悟から渡された刀を持ったまま、銀時が登って行った梯子を同じく登っていく土方。
恐らくやることは予想通りなのだろうけれど、面白そうだから、という理由でそれに続く者がもう一人。

梯子を登った土方の目の前には、剥げた瓦屋根の上に胡坐をかいて金槌を振っていた。


「爆弾処理の次は屋根の修理か? 節操のねェ野郎だ。一体何がして―んだてめェは」

「爆弾!? あ……お前あん時の、と一緒にいた……?」


爆弾、という言葉でやっと思い出したらしい銀時は、わずかに目を見開いた。


「やっと思い出したか。あれ以来どうにもお前のことがひっかかってた。あんな無茶する奴ァ新選組にも
いないんでね。」

「……そうか?」

「…………ああ」

「……失礼ね。言いたいことがあるんならはっきり言いなさいよ」


正直、ふと思い当る顔があったのだが、どうやらそれは銀時の方も同じだったようで、ちらりと土方の
肩越しにその後ろに立っているであろう人物を見やって問い返したが、それがどうにも自分の知らない
彼女のことを言っているように聞こえて、それが不快で否定を返した。


「近藤さんを負かす奴がいるなんざ信じられなかったが、てめーならありえない話でもねェ」

「近藤さん?」

「女とり合った仲なんだろ。そんなにいい女なのか? 俺にも紹介してくれよ」

「が居るだろ」

「……るせェ」


刀を銀時に放りながら軽口を叩けば、妙に潜めた声でそう言われたので、じとりと睨んでやった。


「お前あのゴリラの知り合いかよ。……にしても何の真似だこりゃ……!」


言ったところで土方の斬撃が銀時を襲う。
咄嗟に受けたは良いものの、踏ん張れずにそのまま勢いを殺すこともできずに屋根をごろごろと転がる。


「何しやがんだてめェ」

「ゴリラだろーがなァ、新選組にとっちゃ大事な大将なんだよ。剣一本で一緒に新選組作り上げてきた、
戦友なんだよ。誰にも俺たちの新選組は汚させねェ。その道を遮るものがあるならば剣で……」


一度言葉を切って大きく振りかぶる。


「叩き斬るのみよォォ!」


手応えは硬い瓦のもののみ。上がる砂埃の中、銀時は土方の背後に回っていた。


「刃物プラプラ振り回すんじゃねェェ!」


渡された剣は手に提げたまま、足袋を履いた足で土方の側頭部を蹴りつける。
蹴られた勢いを回転力に変え、土方が振り上げた剣先が銀時の左肩を浅く裂いた。
パッと散る鮮血にそのことを知り、銀時は驚きに目を見開いた。


「おい、警察呼べ警察!」

「俺が警察だよ」

「そうなんだよねえ」

「あ……そうだった。……世も末だなオイ」

「ククク、そーだな」

「銀時は失礼だけど、土方さんもそーだな、じゃねーですよ」


そこまで言って、はひたりと銀時を見据えた。


「にしてもさ、銀時。体鈍ってんじゃないの」

「うるせェよ。あれからどんだけ動いてねェと思ってんだ」


そう言いながらもやっと刀を鞘から抜いた銀時は、やはり未だ死んだ魚のような目をしていた。


「うらアアアア!」


真横に剣を抜いた銀時に対して上から真一文字に斬った刀からは、斬ったという手応えが残る。
斬った、と思っていたのも束の間、斬撃をかわしていた銀時は土方に向かって剣を振りぬく。


「(しまった、斬られ……)」


その瞬間、斬られることが脳裏によぎったが、銀時の刀がとらえたのは土方の刀だった。
カラン、と軽い音と共に屋根の上に落ちる折られた刀の刃。


「はァい、終了ォ」


言うが早いかそのまま背を向けて立ち去ろうとしている銀時を我慢できずに呼びとめてしまった。


「……てめェ、情けでもかけたつもりか」

「情けだァ? そんなもんお前にかけるくらいならご飯にかけるわ」


まだ肩の傷口を押さえているものの、それでも凛としたまま銀時は言う。


「喧嘩ってのはよォ、何か守るためにやるもんだろが。お前が新選組を守ろうとしたようによ」

「守るって、お前は何守ったんだ?」

「俺の武士道だ」


じゃーなと言って今度こそ去って行った銀時を、ただぼうっと見つめる土方。
そのあとふうと息を吐き、土方は壊れた屋根の横にごろりと寝そべった。


「ワリぃ近藤さん。俺も負けちまったよ」


銜えた煙草から紫煙を立ち上らせながら言う様はなかなかハマってはいる、が。
いつまでもそれを許さない者が、ここに一人。


「でも土方さん、どんなに格好つけたって結局銀時には負けてるんだよね」

「……うるっせェェェ! 少しは浸らせろや!」


せっかくの銜え煙草を苦々しげに噛み潰して、自分の隣で飄々と笑う忍を見た。