トレモロ




「オイ、起きろ沖田」


ぽいっと紙くずを放り投げながら、ふざけたアイマスク着用で涎を垂らしながら寝入る沖田に声をかける。




「お前、あの爆音の中よく寝てられるな」

「爆音って…またテロ防げなかったんですかィ? 何やってんだィ土方さん働けよ」

「もう一回眠るかコラ」


寝起きだろうがなんだろうが、とりあえず土方への誹謗・中傷は忘れない沖田に、土方のこめかみがひくりと引きつる。



「天人の館がいくら吹っ飛ぼうが知ったこっちゃねェよ。
連中泳がせて雁首揃ったところでまとめてたたっ斬ってやる」



にぃ、と口角を持ち上げ、挑発的な表情になったかと思うと、すらりと刀を抜き、ぎらりと獣のように光る土方の瞳孔が開く。



「新撰組の晴れ舞台だぜ。楽しい喧嘩になりそうだ」










「おい、。先に行った山崎のあとを追え。あいつの手に負えそうになくなったら加勢しろ」


「……」


「……」


「…………いねェみたいですぜィの奴」


「……こんなときにどこほっつき歩いてんだあいつは!」


「傍にいる奴の気配も読めなくなったんですかィ?勘が鈍り過ぎだ、もう引退するしかねェ。死ねよ土方」


「ぶっ殺すぞてめェ!」










「天人との戦において鬼神の如き働きをやってのけ、敵はおろか味方からも恐れられた武神……
坂田銀時、我らと共に再び天人と戦おうではないか」



期待に満ちた目で刀を差しだす長髪、ヅラ、こと桂小太郎。
反して相当に面倒くさく感じているらしい顔で口をへの字に曲げ、ひたすらに耳をほじっている坂田銀時。



「……銀さんアンタ、攘夷戦争に参加してたんですか」



驚きを隠そうともせず、眼鏡の少年、新八が問う。
しかし、その声に答えたのは銀時でも桂でもなかった。



「そうだねえ、あんときゃ若かったもんね、みんな」



いきなり天井から逆さにつり下がった少女が現れたのだ、一様の驚きも凄まじかった。
が、大きくめくれた独特な着物の裾も、周りの反応も特に気にした風でもなく「血気盛んだったもんねえ」とやはりつり下がったまま一人頷いている。



「だっ、誰だァァアンタ! ていうか何で宙づり!? どうやってぶら下がって…」


!」


……! お前も再び共に戦ってくれるのか!」


「いや、戦わないけどね? 私これでも警察だからね?」


「なっ、銀さんたち知り合いなんですか!? ていうか警察って…」



新たな展開に驚く新八と銀時をよそに、キラキラと多分に期待を込めた瞳で問いかける桂に、きっぱりと断わりを入れておくという少女。



「攘夷の次はそんなことをしていたのか。相変わらず仕事を選ばん忍だな……。
まあいい、また共に戦ってくれるというのなら」


「いや、言ってないよね? 警察だって言っただけよね?」



今さっきの会話の流れで、何をどう聞いて解釈すればそういった答えを導き出せるのか。
時間がどれだけ経とうともいまいち思考回路の掴めない桂に脱力する。


「とにかく、俺は即戦力になるであろうお前たち二人を捜していた。双方戦が終わるとともに姿を消したのでな。
お前たちの考えることは昔からよくわからん」


「ちょっと、あんたにだけは言われたくないんだけどその言葉」


「俺ァ派手な喧嘩は好きだがテロだの何だの陰気くせーのは嫌いなの」



銀時は鬱陶しそうにがしがしと銀髪を掻きむしりながら言う。



「俺たちの戦はもう終わったんだよ。それをいつまでもネチネチネチネチ、京都の女かお前は!」


「バカか貴様は! 京女だけでなく女子はみなネチネチしている。
そういう全てを含んで包みこむ度量がないから貴様はもてないんだ」


「ねえヅラ、私に喧嘩売ってんの? 買うよ、買っていいんなら買うよ?
今ここでしょっぴいてもいいんだからね、てめえ」


「あんたら何の話してんの!」



その後ももてるもてない談議を始めた三人を、見かねた新八が止めに入る。




「俺たちの戦は終わってなどいない。貴様の中にとてまだ残っていよう銀時……
国を憂い共に戦った同志たちを奪っていった、幕府に対する怨嗟の念が……」


「……」



銀時は是とも否とも、何も答えない。



「お前とて同じだ、


「……は?」



まさかここで名指しされるとは思ってもいなくて、本当に間の抜けた声が出た。



「お前は誰より天人を憎んでいたであろう。あの思いはそのように容易く消えるものではないはずだ。
未だその胸の内に燻らせているのだろう、憎悪の炎を」


「……正直天人は嫌いだけど、もう、むやみやたらと殺して回ろうなんて物騒なこと考えてないよ。
そんなことより、私自身大切なものが出来て、それを守りたいから、今新撰組にいるの」



少しのいら立ちを含んだ双方のやり取りに、その場の空気もピンと張り詰める。


重い空気の中口を開いたのは桂だった。


「ではなぜ、銀時には付き従っているんだ! だったら俺に付いてくれても構わんだろう!」


「構うわアホ! 警察だって言ってんでしょこっちは!」


「だからではなぜ、銀時に付くのかと聞いている!」


「命の恩があるからよ!」


「命の恩さえあればお前は人の家賃も肩代わりするのか!」


「してやるわよそのくらい! こちとら稼いでんのよ、なめてんの! 私の稼ぎをなめてんの!」


「えええ、銀さんさんに家賃肩代わりさせてんのォォォ!」


「えー、や、まァ……アレだ、ははは」


「銀ちゃん甲斐性なしアル」



蔑むような眼で見てくる二人に、銀時はあわてて弁解をする。



「いや、ほら、あれだよ。貢いでくれるっていうから無碍にするのもあれだし、ありがたく受け取ろうと……」


「貢ぐのは男の仕事アル。女に貢がせるなんて最低ネ」


「そうですよ銀さん! 見損ないましたよ、いくら貧しいからってそんな、女の人に貢がせるなんて」



弁解が弁解にならず、自らを追い詰めてしまった銀時に、桂との言い争いを終えたが助け船を出す。


「いいのよ。だって銀時、渡したお金最低限しか使わないもの」


「げ、知ってたの?」


「当り前でしょ。私は忍よ?」


あんたが家賃に使ってないことぐらい、お登勢さんの怒号を聞いてればわかるって、とひらひら手を振る少女に、はたと気がつく。



「あの、失礼ですが、さんおいくつなんですか?」


「私? 私はえーっと、数えで18歳ね」


「えええ、歳近っ! 姉上と同い年!?」


の年齢など今はどうでもいい」



脱線しかけた話を、珍しく桂がまとめた。
彼曰く、次のターゲットは地球の玄関であるターミナルだと言う。
そして銀時に、テロリストとして処断されたくなければ自分たちと共に来い、と持ちかけたのだ。


「いや、その勇気は認めるけどさあ。今ここに警察がいるの、忘れていない?」


「……!! なんてことだ、ぬかったか!」


「ぬかってんのはお前の頭だよ」



ぎょっとする桂をよそに、長く広がった袖で見えなかったが、の袖からチャキッと何かを構える金属音が聞こえた。
よく見てみれば、何か、金属の黒く細長い爪のようなものがのぞいていた。



「御用改めである! 神妙にしろテロリストども!」



新八がそのことを言及するよりも早く、派手に蹴破られた戸から黒服の男たちが次々に入ってきた。



「しっ……新撰組だァっ!」


「くっ、氷室の奴、連絡を入れるとは小賢しい真似を……」


「いや、あんた。今まで何を見てたのさ、そんな時間なかったっつの」


「イカン、逃げろォ!」



焦った桂は支離滅裂なことを言いながら(まあ普段からそうだが)、浪士に指示を出して各々逃走を始める。



「あ、土方さん。早かったねえ」


「あんだ……っておめェ!どこ行ってやがった、そして何でここにいる!」


「や、先に到着してたっていうか……」



そう言いながら見せるように再びチャキッと三本の爪を鳴らす。



「話は後だ、お前ら、一人残らず討ち取れェェ!」


「……」


「お前も行けよ!」


「や、私は土方さんの護衛なんで」


「いらねェ、さっさと行け!」


「ふえーい」



渋々、といった様子で離れていったを見て溜め息をつき、土方はそのまま桂と共に逃走する派手な銀髪に狙いを定める。



「たーるいなー……」



どうにも気分の乗らない様子のは、やる気なさげに向かってくる浪士たちをいなす。
今は対立し合っていると言っても、かつては戦場を共に駆け合った仲間であることに変わりはないのだ。
忍である自分には必要のないものだと師に言われたが、最後まで捨ててこなかったこの感情が、今自分をきりきりと締め付けるのだ。


「あ、総悟君が」



何やら楽しそうに銀時とやり合っていた土方に向かって、ドS星の王子が黒い笑みを浮かべて近付くのを見てしまった。
が声をかける間もなく、沖田は発砲した。バズーカを。











「ヅラはいつになっても逃げるのだけは早いんだから」



もうもうと上がる煙の中、怒号を飛ばしている間に、桂たち一行は一つの部屋へと逃げ込んでしまった。
この15階で籠城する意味が分からないが、恐らく何か手があるのだろう。



「? そりゃ何の真似だ」



懐から何かを取り出した桂を見て、不思議そうに尋ねた銀時に桂はどうという風もなく答えた。



「時限爆弾だ」


「ええええ!? 向こうにはさんもいるんですよ!?」


「あいつはこの程度では死なん」



ターミナル爆破の為に用意していたという爆弾を放つ、と容赦のない桂に新八が言い募るも、
そう言われてしまえば出会ったばかりの自分には何とも言えない。
自分はという人物の一欠けらも知ってはいないのだ。











「オーイ、出てこーい」


「マジで撃っちゃうぞ〜」


「おい、行って来い。攘夷時代の仲なんだろ」


「馬鹿言わないで下さい。どんな仲ですか、それ。
第一私の言うこと聞くような男なら攘夷なんてやらないっての」



籠ったままなかなか出てこない桂たちに業を煮やした土方は、公然の知となっている繋がりを持ち出してをけしかけた。
しかしで嫌がっている。



「土方さん夕方のドラマの再放送始まっちゃいますぜ」


「やべェ、ビデオ録画すんの忘れてた。、お前録画してねェか」


「私ドラマに興味ないんで」


「くそ、さっさと済まそう、発射用意!」



ドラマの再放送の為に説得を断念した土方は、バズーカの発射準備を促した。
しかし扉は発射よりも早くに、内側から蹴破られた。



「何やってんだ、止めろォォ!」


「止めるならこの爆弾止めてくれェェ! 爆弾処理班とかさ……なんかいるだろオイ!」


「おわァァァ、爆弾持ってんぞコイツ!」



襖を蹴破った勢いのまま駆け去る浪士たちを見て唖然とするも、土方の指示で我に返って隊士たちも動き出す。
だが、その直後に銀時の手の中にあるブツを見て隊士たちも青ざめて逃走を開始する。


そうこうしている間にも無情に時間は過ぎるもので。


「げっ! あと6秒しかねェ!」


「銀さん窓、窓!」


「無理! もう死ぬ!」



ほとんど半狂乱の銀時と新八の背後で、神楽の凛とした声が聞こえた。



「銀ちゃん、歯ァくいしばるネ」



ほあちゃアアアアア! と傘をぶん回して、神楽は想像絶する力で銀時を爆弾と共に打ち放った。



「おお、ほんとに容赦ないなあの子」


「ぬわァァァァァ!」



飛ばされて悲鳴を上げる銀時と、飛ばされていった銀時を見守る新撰組と、万事屋の二人。
立場の違いでこうも余裕に差が生じるのだと感じられる瞬間でもあった。


数秒の後、上空で大きな爆発音が聞こえ、とりあえず自分たちの安全が確保されたことを知った。
割れた窓ガラスから下を覗き込む瑠奈の隣では、銀時を打った張本人である神楽が、
「銀ちゃん、さよ〜なら〜」などと勝手に別れを告げている。
















眼下から吹きあがる風に舞い上げられる艶やかな髪もそのままに、早々に屋上に出てきていた桂は下を眺めていた。



「フン、美しい生き方だと? アレのどこが美しいんだか」



桂は過去の銀時の言葉と、現在の銀時の状態を照らし合わせながら馬鹿にするように、どこか自嘲するように呟いた。


そしてもう一つ、行方すら掴めなかったもう一人のまだ幼かったころの旧友の顔が浮かぶ。



「……だが昔の友人が変わらずにいるというのも、悪くないものだな……」