「おっ、おい!」
強く突き飛ばされて体勢を崩したが、なんとか持ちこたえて己の忍の名を呼ぶ。
幼いころからの付き合いで、俺の弱いところも情けないところも知っていれば、俺も瑠奈のことを同じくらい知っている、そんな仲だった。
「元親、さま、元親さま、どこ」
「ここだ……っ、ここにいる」
「元親さま、どこに」
「……!」
爆発音にやられたのか、耳が潰れているようで、呼びかけが届かない。
少し大きめの声で呼ぶと、反応して安心した表情を浮かべた。
「……ご無事、でしたか」
「お前、どうしたんだよその体」
もうもうと立ち込める爆風の名残と砂埃とで悪かった視界が晴れたとき、
体をほぼ半分失ったと言っていいほどの怪我を負ったが目に映った。
呟きにも近かったそれは、やはり彼女に届くことはなかったようだ。
「お前、何やってんだ! 俺がどれだけ心配したと……! 俺が、どれだけ、」
俺が、どんな思いで、今のお前の姿を見たのだと。
「いや、今はそんなことはいい。それより早く治療しねぇとまずい。
おい、眠るんじゃねぇぞ! どんなに眠くても気を確かに持っとけ!」
「でも元親さま、もう、私、」
「許さねえ! 気を失うのは絶対に許さねえからな!」
「もう私、助からないです」
「うるせえつってんだ! 許さねえからな、俺を置いて先に死ぬな……っ!」
「そんな、無茶を……言わないで下さいよ」
ふらりと傾いだ目の前の体を支えると、予想していたよりも相当に軽かった。
背けたい事実から目を背けられずに、ただただ許さねえ、とだけ言葉に出すことしかできない。
どくどくと俺の手を染める血が、ゆっくりと事実へと俺を覚醒させる。
「幸せ、なんです」
突然、腕の中でぐったりするが言った。
体はぐったりしているものの、表情は裏腹に至福に満ちていた。
「何がだ! なんで、どうやって来たんだ。こうなると思って後陣に組ませたはずなのに……。
どうして俺の前に出たりした! どうして庇ったりした!」
俺は今回、こいつを後陣に置いた。忍としての仕事も頼んであったし、何より今回はと相性の悪い相手だった。
無駄な怪我をさせたくなかった、そんな意味合いが多分にあった。
だが、しくじって危機に陥った時、どうやったのかこいつは俺の前に盾になるように躍り出てきた。
「おかしなことを、言います……私は、あなたの、影ではないですか」
「違う! 俺の忍ではあっても、影なんかじゃねえだろ、おまえは!」
なんでわからねぇんだ。なぜ、わかってくれねぇ。
お前が影であるはずがねぇ。
「心残り、と言えば……もう、お傍にいられないこと、でしょうか」
「ふざけんじゃねえ! おまえはこれからもずっと横にいんだろうが!」
「だって、もう、あなたをお守りするための、腕も、足もない」
言われて足に目を向ければ、左足の膝下からがそっくりそのまま持っていかれていた。
腕だけでなくそこからもおびただしい量の血を流し続けている。
これでは駄目だと思って自分の腰に常備してあった布で足の付け根あたりをきつく縛った。
腕の方は布が足りなかったので、俺の眼帯で縛っておいた。
「そんなの構やしねえ! ずっと傍にいるっつったろうが。
主君との約束なら守れ、こんなとこで死ぬなんざ許さねえ!」
「でも、もう」
「!」
うっすらと笑む彼女に血の気が引いた。
この表情は駄目だ。戦場でよく見る顔だ。自分の死を、予感している顔だ。
「傍にいんだろ! なんなら嫁でも何でもいいんだ、死ぬことだけは絶対に許さねえ!」
俺は、嫌に軽い体を掻き抱いて、終結間際の戦場を駆け出した。