「様っ」 壁に叩きつけられながらも、すぐさま態勢を立て直し執拗に松寿丸を狙う忍に飛びかかる。 忍によって苦無が投げられていたものの、の方に気を取られていて狙いが定められずに松寿丸の背後の壁に突き 刺さったが、それも浅く抜けて床に落ちた。 天井から刺客と思われる忍が松寿丸の命を狙って刃を振りかざした瞬間、その刃が届くよりも先に松寿丸を抱きしめ たまま杉大方の方へ体を投げ出すように畳の上をごろごろと転がりながら避けた。 そのまま松寿丸を背に庇うように立ち上がり、明らかに困惑している忍をねめつける。そしてうろたえる忍びよりも 素早く動いた。 しかしそこは忍である。不意を突かれたとはいえ一般人が敵うはずもなく、徐々に追い詰められていき、冒頭の壁に 叩きつけられる所へ繋がるのだが、驚くべきは既にそれを数度に渡り繰り返しているということである。 齢十にも満たない女子が、ここまで忍と渡り合うことこそ相当な驚異である。 そのことに考えが及んだらしい、初めから松寿丸以外には目も向けなかった刺客がここに来てを仕留めることにし たのか松寿丸から視線を外した。 忍が腰に差していた忍刀をすらりと抜き放った。 流石のも向けられた殺気にぶわっと冷や汗が吹き出した。 いたぶる気もないのか、素早く迫ってきた忍が忍刀を横に凪ぐ。すんでの所で身を引いたものの、左目のすぐ下に浅く 赤い筋ができ、すぐに血の玉が膨らんでは筋を作って頬を滑り落ちる。 生唾を飲む暇もなく右耳の横を縦に裂く忍刀。ほとんど反射で避けてはいるものの、髪が数本散った。 は勝てる気がしなかった。忍の方は余裕なのか、こちらに全ての気を割いていて逃げる様子すらない杉大方と松寿 丸の方に目も向けない。大方を仕留めた後でも簡単に殺せると考えているのだろう。真実、今この場においてそれ はとても容易いことであった。 じりっと後ずさった足に壁から抜け落ちた苦無があたる。 「!」 一気に距離を詰めてきた忍に、咄嗟にしゃがんで攻撃を避け落ちていた苦無を拾い上げ、零距離で突き立てた。そし て忍が飛び退いた衝撃で苦無が抜け、運よく負わせた傷口から飛んだ血液が、の顔にかかる。 その瞬間、ひっ、という引きつった声が忍の喉から漏れたのを松寿丸は聞いた。 それと同時に忍が数歩後ずさる。 何が起きたのかとを振り返れば、鮮血のかかった白い肌に異様に浮き立つ深紅の瞳。その目は松寿丸のことなど ちらりとも映さず、ただひたすらに裂けた忍服の中から溢れだす鮮血に魅入られていた。 松寿丸は唐突に、の姿を見失った。 気付いた時には既に、忍の傷を負った脇腹に口をつけていた。ぐちっと肉を食むような音がし、同時に上がる恐怖の 色のみが溢れた悲鳴。 予想外の衝撃の為か忍刀を取り落した忍は、どうにか腹からを引きはがそうと躍起になっているのが見て取れる。 腕力で敵うはずのない忍の力に対して、またもぐちゅりと嫌な音を立てて離れるもすぐにかぶりつく。 その間叫び続ける忍の顔は徐々に血の気が失せいく。部屋に散るはずの鮮血の量の少なさからみても、相当量の血液 をが飲み、比例して忍が失血しているということがわかる。 とうとう貧血に耐えられなくなったのか、忍は倒れ伏した。たかが女子の幼子の重みにすら抵抗しきれずに。 畳の上でなおものたうち回るも、既に青白い顔の忍の力では大した抵抗などできない。 ついに傷が内臓まで達しのか、ごふっと一度大きくむせ込んでどす黒い血を吐いた後、短い間隔の呼吸のみを残して 忍はぴくりとも動かなくなった。 しばらくちゅるちゅると音を立てて血を啜ったは、満足したのかすっくと立ち上がり、こちらを振り返った。 松寿丸は急いでに駆け寄るも、はびくりと震えて後退しようとして急ぎ過ぎたのか足をもつれさせ、後ろに 大きく転倒した。それを見た松寿丸は血相を変えた。 「、そ、そなたどこかけがでもっ」 「えっ、としょうじゅ、けがなんてないよ」 「まことか!?」 「ま、まこと!」 松寿丸の接近に数瞬だけ硬直していたも、体中をぺたぺた触って確認する松寿丸の姿に表情を柔らかくした。 大きな怪我が無いことを確認し終えると、今度は左頬の刀傷に手を伸ばした。 「ううっ……うっく」 「……!? しょうじゅ!? なんでしょうじゅが泣いてるの? もしかしてけがを……」 「しておらぬ! われは、しておらぬ……」 「……、う?」 傷に触れるか触れないかの距離で手を止めて、目の前で涙を流す松寿丸に、は困った。 傷を負っていないなら痛みもないはずなのに、どうして泣いているのか。 「そなた、もっとおのれをだいじに、」 「……?」 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ まだまだ着替えられない夢主。べたべたは続く。 |