「……これは、一体どういう状況なのでしょうかね」 朝、目が覚めて松寿丸様を起こそうと松寿丸様の方を見てみれば、頭は一つしか出ていないのに、その掛布団は一人分 とは思えないくらいには膨らんでいるではないか。 まさか、夜中に抜け出して犬猫なんかを拾ってきたわけではあるまい。松寿丸は同年代の子供と比べるまでもなく賢く、 自分が今置かれている状況をきちんと自覚している。それ故に自ら外に出ていくなどという自殺行為を犯すはずもない。 そう思って布団をさっと剥いでからの自分の驚き様は筆舌尽くしがたかった。 「しょっ……松寿丸様!!」 湿っていると言えないほどに濡れている布団は海のべたつくような匂いがしている上、布団を剥がれて警戒したの か、近いとは言えない部屋の角まで飛び退った女子は、紛れもなくつい先日までいた毛利家の屋敷で匿っていた異形の 子、であるし、絶叫にも似た声で名を呼ばれたからか驚いた顔で飛び起きた松寿丸は、普段あまり見せない珍しく もとても驚いた顔でこちらを凝視していた。 松寿丸様と見つめ合う事わずかな間。はっとして自分の寝ていた布団をぺたぺたと触り、焦ったような泣き出しそうな 表情でこちらを見上げて、 「おおかたさま、が、よるのうみに、しゃちの、いなくなって……!」 「落ち着いてください松寿丸様。様はそこの壁際にいます。それより、」 「っ……!」 杉大方の言葉も耳半分に、の姿を見止めた瞬間松寿丸はそちらに駆け出し、の体を抱きしめた。 濡れることも厭わない勢いでか細い少女を抱きしめる姿からは、いつもの年齢にそぐわない異様な雰囲気は微塵も感じ られなかった。 はで、恐らく状況が掴めていなかったのであろう、混乱した様子で警戒しっぱなしだったが、泣きながら抱き しめてくる松寿丸の姿にさらなる混乱を起こしたようであったが警戒を解いたようでもあった。 「なんで、しょうじゅがここにいるの?」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「……私たちの現状はこのような状態です。それにしても、なんて無茶を……」 あの後、警戒を解いたせいか疲労やら空腹やらで昏倒したは今現在杉大方の料理をがつがつと食べている。家では 女子なのだからもっとしとやかに! などと言われるだろうが、ここでは彼女を縛るものなどなく、のびのびかつ自由 に食事をとっている。 あの後、つまり毛利家を出てからの話を食事を作りながらぽつりぽつりと話すから聞き、今度は松寿丸らのことを 食事をしているに聞かせた。 しかしの身に起こったことは、毒殺を図られた松寿丸と比べてみても明らかに危うい目に合っていた。むしろどの ようにして生き延びてきたのか謎なほどである。 杉大方は後悔していた。やはり毛利家で匿った時から我々が毛利家を出るまで、どんな手を使っても娘の身柄を引き渡 すことのないようにしておくべきっだたのではないかと。は今ここに生きていてくれているが、それも彼女と彼女 の弟の奇策と協力あってこその命だ。自分たちの知らぬ場で彼女が殺されていても何らおかしい話ではなかったのだ。 ごちそうさま、と小さな声で箸を置いたは、色こそ人と違わぬもののどこかやはり人とは違う瞳で静かに杉大方を 見つめた。 「おおかたさま、もしわたしのことでなにかこうかいしているなら、いってください」 杉大方はどきりとした。まさか、この幼子に言葉に出してもいない心情を測られてしまったのか、と。 しかし、次のの一言にそれが違ったことを知る。 「わたしはひとではないもので、わるいものをよぶらしいのです。いまからでもおそくはないので、わたしをおいてい ってもうらんだりしません。……ころさないでもらえるとたすかります」 「、そなたなにを……」 「……っ何を言っておいでです!」 ぱしんと乾いた音を立てて杉大方はの頬をはたいた。一度経験済みの松寿丸は痛そうに顔をしかめていた。 怒りからかわなわなと手を震わせた大方はなぜか泣きそうなほどに顔を赤くさせていた。 「あなたのような小さな子に心配されるほど、私は愚かではありません!」 「あ……それは、その、ごめんなさい。そういういみでいったわけじゃ、」 「何が違うというのです。あなたを見捨てて生き延びようとなんてしません。勝手に命をなげうつようなことを言わな いでくださいな」 「え、あ」 「……見捨てたりしません。ここまできては、もうあなたも私の子です。子を捨てていく親がどこにいますか」 「、……」 「それに、あなたを捨てて行くなんてことをしたら、私が松寿丸様に怒られてしまうわ」 「え、そっそうぞ! われからはなれようなどというなど、われがゆるさぬ!」 「松寿丸様もこうおっしゃっておりますので。あなたはまだほんの幼子ですよ。そんなあなたに災いを呼び寄せるよう な力なんてあるはずないでしょう」 「え、あ……う?」 まさか予想もしていないことを言われたとでも言うようにきょとんと目を丸くしたはそれこそ年相応の表情を見せ た。 杉大方は自分の考えの確信を得たというように微笑んだ。この子はまだ本当にただの幼子でしかないのだ。 豆鉄砲を食らった鳩のように、もはや何を考えていいのかすら思考がまとまっていないような顔の少女を横目に、短く 息をついた杉大方は次に取るべき行動を決めた。 否、決めたというのは語弊がある。思わぬ出来事(との再会)でそちらに意識が向きがちであったが、本来はこち らの案件が先だったのだ。 「では、松寿丸様、様。落ち着きましたら荷をまとめてここを立ちましょう。とりあえずは様は身支度から始 めなければなりませんが……時間が惜しいのです」 「……てきがちかい、のでしょうか?」 「詳しいことは分かりませんが、頃合いから見ればもうすぐここが見つかってしまうでしょう」 とても深刻な顔をした二人の間で、無表情のがふと思い立ったようにぽつりと聞いた。 「しょうじゅまるさまのみかたはいないの?」 「居はします。しかし、信用に足るものとなると……」 「しのびはついていたりする?」 「草の者ですか? いいえ、忍は全て本家の幸千代丸様のものですから。郡山城にも忍はおりますがとても信用などで きたものでは、」 「じゃあ、はやめにここをでたほうがいいです。このうえにだれかいる」 「え、それはいったいどういう、」 訳が分からないという顔をした杉大方は事の詳細を聞き出そうとしたが、それはかなわなかった。 事が起こるのは一瞬だった。 天井の板が外れ落ち、それが畳に落ちるよりも早く、濃い緑色の忍装束を身にまとった人間が刃物を振りかぶって松寿丸 めがけて迫っていた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 夢主、濡れ鼠のまま眠った上にまだ着替えられていないという。 |