ああ、なんて無情!





「おーい、工場長ー。今大丈夫ですか―?」

「大丈夫じゃなかったら一体どうしてくれんですか―? ノックをしろといつも言ってるじゃないですかー」

「あ、じゃあ今大丈夫なんですね!」

「話の重要な部分を聞いてくださいよ」


ばん、と勢い良くあけたドアの向こうには、いつものように半眼の我らの工場長が
呆れを通り越して諦めた顔をしていらっしゃった。


「大体、今挑戦者との戦闘中だったらどううするつもりだったんですー?」

「え、だって工場長、今休憩中なんでしょ?」

「確認済みですか」


はあ、とこれ見よがしに大きく溜息をつく工場長は、本当に失礼だ。


「ところで一体何の用だったんですか」

「ああ、ええと、工場長にお客様が……」

「客?」


僕はそんな予定は聞いていない、と工場長が呟くと同時にまたも部屋のドアが強く開け放たれた。しかも今度の方が加減がなかった。


「ネジキさん、ちょっと匿ってもらえる」

「……何しに来てんですかーお嬢様、自分の城にでも立て篭もっとけばいいじゃないですかー」

「匿ってもらうわね」

「駄目ですー、今から僕にお客様が来るようですから、早く帰ってください」

「あの、工場長。お客さまっていうのが……」

「あら、聞いていなかったの? そのお客様が、私よ」

「……コクランさーん」


してやったりな顔のカトレアちゃんに比べて、なんだかもう疲れ果てた、
というような顔の工場長が最後の頼みの綱である、執事のコクランさんを呼ぶ。しかしいくら待ってもコクランさんは現れない。


「残念だったわね。今コクランは私の身代わりに……こほん。私の代わりにあのオヤジ……ごほんっ。
タイク―ンのお相手をしているはずだもの」

「哀れですねー、コクランさん……。それで、タイク―ンはなぜあなたを訪ねてきたんです?」


工場長が仕方なさそうに尋ねると、カトレアちゃんは今にも叫び出しそうな勢いで大きな目を、
かっと目を見開いたものの、頑張って抑えたのか表情を落ち着かせて答えた。


「知りませんわ、そんなの! 鉢合わせする前にコクランを見代わ……ごっほん。
コクランに任せてとんずら……げっほん。避難してきましたから」

「なるほど、コクランさんは時間稼ぎってわけですねー」


そこでなぜが不敵な笑顔になった工場長。
何だろうか、何かあんまりいい予感はしない。
その笑みを見たカトレアちゃんも気に障ったようで、不機嫌を隠そうともせずに言った。


「何ですの、気持ち悪い」

「ふふっ、お嬢様はあの熱血でせっかちなクロツグさんが本っ当に苦手でしたもんねー」

「私が、あの熱血でせっかちで子持ちだか何だか知りませんけど、やたら鬱陶しいタイク―ンが
顔を合わせるのも嫌なくらい嫌いで、どうかしました?」

「あ、あの、タイク―ンの扱いが……」


あんまりにも酷くなってきてますよ、と言おうと声をかけたとき、カトレアちゃんが先を制した。


「ああ、気分が悪いわ! さん、一緒にお茶でもいかがかしら」

「え、いいんですか。やった―……」

「駄目ですね」


手を挙げて喜んだとき、それにすかさず水を差す工場長の声。


「えー、なんでですか。私働きましたよ―」

「そうよ。それに私からのお願いだもの、フロンティアで働いているのだから、さんだって私の言うことを聞かなければ。
あなただけのものじゃなくてよ、ネジキさん」

「だからってさんはお嬢様のものでもないでしょう」

「あなたにさんの行動を妨げる権利はなくてよ」


なんだか当事者であるはずの私を高速で振り落として、話は勝手に盛り上がっている。
そんな彼らを後目に、この部屋のドアが開く三度目を迎えた。


しかしさすが三度目、荒々しくもなければ乱暴でもない。いたって普通に開かれた。

それにいち早く気がついた工場長は、今度は逆にカトレアちゃんにしてやったりな顔を向けて言った。


「まあ、そうも話は上手くいかないってことですね―」














「カトレアちゃん、引きずられてっちゃいましたねえ」

「クロツグさんはせっかちですからねー」


あのあと扉から現れたタイク―ン、クロツグさんを見てカトレアちゃんはげっそり、工場長はにっこりと笑みを深めた。
カトレアちゃんはカトレアちゃんでかなりの抵抗を見せたものの、結局は引きずられていってしまった。
始終扱いが酷かった(主にカトレアちゃん)が、タイクーンは特に気にも留めずに笑顔で去って行った。なんて強さ。


「もう、工場長。どうしてくれんです、せっかくのカトレアちゃんとの優雅なお茶会が!」

「ふざけないでくださいー。まだ勤務中でしょ」

「だって、私、このところ働き詰めでろくにファクトリーからも出てないんですよ!? 私だってちょっとくらい遊びたいですよ!」

「何言ってんです。さんにはきちんとお休みがあるじゃないですかー。それを自室から出ないのは自分じゃないですか」

「……う。でもまあ、結局は面倒なんですよね。一人だと遠出してもそこまで楽しくないですから」


私が言い終えると、珍しく口をつぐんだ工場長が、それこそ珍しく自信なさげに目を泳がせていた。


さん、次の休日にでも……どこか連れて行ってあげましょうか」

「え、ほんとですか! でも嬉しいんですけど、その日はもうカトレアちゃんとのお茶会の予定が入っているんです」

「そ……う、ですか……」


その後去っていく工場長の後ろ姿が、とても悲しげに見えたので次のお休みは工場長の為に空けておこうと思います。