つぼみの想いと絶対の真実 つぼみの想いと絶対の真実

 そこに近道があれば、使わずにいられようか。
 と、いうわけでは、人ひとり通るのがやっとな狭い隠し通路を進んでいる。
 いつだったか向こうから誰かが来たらどうやってすれ違おうかと悩んだりもしたが、それは、この通路は一方通行であるということが判明したので、もう何も心配はない。
「よいしょ、と」
 やがて終点に着いたは、軽い掛け声と共に出口をふさぐ大きな絵を押して、自分が出られるくらいの隙間を作った。
 同時に、日中の廊下の眩しさに目を細める。
 実際は眩しいほどの光ではなく、この隠し通路が暗いからそう感じるのだが。
 それはともかく、選択授業の教室から自寮のスリザリン寮はすぐ近くとなった。
 まともに廊下や階段を使っていたら、あと10分くらいはかかるだろう。
「この道を見つけた私は運がいいよね……っと、何だ?」
 踏み出した廊下に並ぶ教室のどれかから、殺意に満ちた悪口雑言が小さく聞こえてくる。
 暗くはないが、ひと気のない廊下で……。
「ゴーストかな? 怖いんですけどー」
 背筋に走る寒さをごまかすように言い、どこから声が漏れているのか、歩く速度を落として確かめていく。
 ついに声の主がいると思われる教室を探り当てたは、息を殺してドアに耳をつけた。
 ──いる。
 よりはっきりと聞こえるようになった悪態に、確かに何者かがいることを確信した。
「……あの低脳どもが……地獄に……吊るされて……子々孫々まで呪……」
 漏れ聞こえる声は恨みの塊だが、この声の主が誰だかわかってしまったは、あっけなく終わってしまった冒険に少しがっかりした。
 その八つ当たりというわけではないが、彼女はやや乱暴にドアを開け放つ。
 バタンッ、と大きな音を立てて開いたドアに、部屋の中の人物──セブルス・スネイプは肩を飛び跳ねさせて振り向いた。
 どれほど警戒しているのか、杖先が開いたドアのほうを向いている。
 の口元に苦笑が浮かぶ。
「声、外に漏れてたよ」
 セブルスに何があったのかなんて見ればわかる。
 それなりの友好関係であるの姿に警戒を解いたセブルスは、杖を下ろすとそれを自らの髪に向けた。
「見事なもんだね」
 教室に足を踏み入れながら、の口からこぼれた感心の言葉に、セブルスは鋭い睨みを投げる。
「そんな格好で睨まれてもおもしろいだけだから」
「……去れ」
 忌々しげに舌打ちして視線をそらすセブルス。
 今日もいつものように天敵のポッターやブラックにヘンな魔法をかけられたようで、彼の黒髪は見事な空色の縦ロールにされていた。
 じっと見ているうちに、の中にムクムクと笑いの衝動が沸き起こってくる。
 が、ここで吹き出そうものなら、ピリピリしている目の前の友人にどんな魔法をかけられるかわかったものではないので、必死にそれを飲み込んだ。
 代わりに、自分も杖を出して縦ロールに当てる。
「一緒に直したほうが早いからね。あ、別に借りを作ったなんて思わなくていいよ。それを言い出したらいくつになるかわからないから」
「お前は二言三言多いんだ。うるさいから帰れ」
「まあそう言わずに」
 トントン、と縦ロールを軽く叩いたの杖の先から、髪の色が黒に戻っていく。縦ロールはそのままだが。
「今さらかもしれないけど、こんなふうに絡まれたくなかったら、エヴァンスのことは何とも思ってないって言えばいいのに」
「本当に今さらだな。それを言ったところで、あいつらの愚行は直らんだろう」
「だろうね。もう6年生なのにあのガキっぽさ……ありえないよね」
「ありえんな」
 それからもグリフィンドール生の思慮のなさや軽率さをあげつらい、言えるかぎりの悪口を吐き出した頃には、すっかり元通りのセブルスに戻っていた。
「そういえば」
 と、ようやく思考に余裕ができたらしいセブルスがを見る。
「お前は何故こんなところに? 授業で使われている教室はなかったと思ったが……」
「ああ。選択授業の教室から近道が通ってるんだよねー」
 は自慢げに言うが、セブルスからは期待するような反応はなかった。
 そういう奴だとわかってはいるが、何となく寂しい。

 それから2人は、夕食のために大広間へ向かった。
 一日の授業や部活動、クィディッチなどの活動を終えた腹ペコの生徒達が、賑やかに食事を楽しんでいる。
 何となくグリフィンドールのテーブルに目が行ったは、そこにセブルスが付け狙われる原因となった赤毛の女子を見つけた。
「あそこにおわすは高嶺の花……」
 言って、隣のセブルスをチラリと見やれば、まるで不審者を見るような目でを見ていた。
「そんな目で見ないでよっ」
 セブルスを押しやりながらも、の中にわずかな切なさが過ぎる。
 彼は知らないのだ。
 リリー・エヴァンスを見る時、自身がどんな目をしているか。
 そしておそらく、エヴァンスもどんな想いを込められた視線を向けられているか、気づいていないのだ。
 気づいていたら、あんなにも何もないようには振舞えないはずだ。
 は小さな切なさを押しやり、いつものようにふざけた態度でセブルスを肘でつつく。
「あんたももうそろそろ決着つけたらどう? 玉砕したら残念会開いてあげるから」
「すでに不吉な未来が決まっているような言い方はやめてくれ。でも、そうだな……」
 ふと、揺れるセブルスの深く黒い瞳。
 それは、どんな決心をしたものだったのか。
 それを聞いてみたいという衝動を、はどうにか押さえ込む。
 まだ、聞いていい時期ではない。
 そんな気がした。
 は一度意識してまばたきをすると、空気を一新させるように明るい声で言った。
「じゃあ、先取り残念会ってことで、まずは一杯どうぞ!」
「失せろ」
 オレンジジュースのポットで酌をしようとしたへ、それはそれは冷たい視線が向けられたのだった。
 セブルスがやりにくいと感じるのは、彼女が自分の反応をわかっていてこういうことをする点だ。
 承知の上でやるから、どんなに冷たい態度をとってもへこむことがない。
 忌々しく思うも、力ずくで遠ざけようとまでは思わない。
 友人というほど近い距離とは思わないが、単なる知人と呼ぶには距離が近い。
 この関係をどう表現したらいいのか。
 また、これからお互いの歩む道如何で、もっと重大な変化を起こしたりするのか。
 横でシチューに舌鼓を打っているの様子からは、何の兆しも窺えなかった。

 それから何ヶ月か過ぎた頃、はたまたま廊下で会ったセブルスの顔色に息を飲んだ。
「……何て顔色してるの。具合悪いなら医務室に──」
「決着、つけてきた」
 セリフを遮り、言われた言葉には疑問を浮かべ、刹那、思い当たる節に行き着いて目を見張る。
「別にお前に言われたからではない。いつかは来る日だっただけだ」
 彼の病人のような顔色から良い返事はもらえなかったことがわかったが、不意に理由のわからない違和感を覚えた。
 セブルスはいったい何を言ってきたのだろうか?
「彼女は僕と一緒に来てくれないけど、いつかわかってくれる日が」
「あんた何を言ってきたの!?」
 今度はがセブルスのセリフを遮った。
 しかし、彼は不快な様子も見せずに淡々と答える。
「僕と一緒に、あのお方のもとへ行かないかと言ったんだ」
 あのお方──闇の帝王。
 まさかの事実に、は気が遠くなった。
 そして、とても……とても残念に思った。
 どうして、よりによってそういう方向へ行くのか。
 究極の方向音痴か、と。
「あ……あんたはポッターから学ぶべぎた。あいつは傲慢で救いようのない自己中心的な奴だけど、自分の気持ちを、余計な飾りをつけることなく見つめられる人だと思うよ。でないと、エヴァンスにあれだけつれなくされてもめげない理由がわからないんだから」
「ポッターは関係ないだろう」
「関係あるよ!」
 気づけばの声は大きくなっていた。
「どうして素直に好きだって言わないかな!? 純血が支配しようがマグル出身が支配しようが、大切な人がいなかったら何の意味もない。あんたがつまらないこだわりを捨てて、純粋な想いだけを伝えたらきっと笑顔で応じてくれたろうに……このバカッ! トウヘンボク!」
「つまらないこだわりだと!? 間違った方向へ向かう魔法界を正すことのどこがつまらないんだ!」
 セブルスの声も大きくなっていたが、両者とも気づかない。
「何が間違った方向だか。明後日の方向に咆哮ご苦労さま! もっと現実を見なよ。ちゃんと目玉があるんだからさ!」
「その現実が間違いを犯していると言っているんだ。盗人を大手広げて受け入れるなど、どこのバカだ」
「エヴァンスも、盗人と呼ぶつもり? あの人、マグル出身だったよね」
「彼女は……」
 セブルスは言いよどんだ。
 この矛盾をどう説明するつもりなのか、は厳しい表情で見つめる。
 が、セブルスはふいっと背を向けた。
 そのまま去っていこうとするその背中に、は叫んだ。
「後悔したって慰めないからね!」
 まるで、そんなものは不要だというように、沈黙だけが返ってきた。


 その後、とセブルスまでが決別したかというと、そんなことはなく。
 数日後にはいつも調子の2人に戻っていた。
 そのことをは特に不自然とは思っていなかったが、セブルスはそうではなかったようで、ある日聞いてきた。
「言ってなかったっけ? 私の家、ガッチガチの純血主義なんだよ。だから、卒業後も一緒だね。いやぁ、楽しいことになりそうだよねー」
 ほのぼの微笑みながら言う内容ではない。
 呆気に取られていたセブルスは、やがて唸るように尋ねた。
「お前は……それでいいのか?」
 しかし、の答えはあっけらかんとしたもので。
「いいも悪いも、逃げ出したところで地の果てまで追いかけてくるよ、あの2人は。ちょっと狂気的だと思わない? どうせ逃げられないなら──野望を持って臨むのもいいかなって」
 その時のの表情は、6年間ほぼ毎日顔を付き合わせてきたセブルスが初めて見るものだった。
 の家は純血の家。
 思い返してみれば、セブルスがについて知っているのはそれだけだった。
 両親の仕事や思想、どこに住んでいるのか、大きい家なのか。
 彼女が今までそれらに触れることはなかった。
 セブルス自身が自分の家庭について聞かれたくなかったせいか、そのことに気づきもしなかった。
 が、知らない人に見えた。

 どうせ逃れられないなら、とは腹を括る。
 現実離れした思想のために人生を費やす気はない。
 もっと大切なものがある。
 純血主義にこだわる理由はわからないが、袋小路に追い込まれようとしているバカな友人のためになら、知恵も力も使っていい。
 ──友人?
 本当にただの友人か?
 闇の帝王に従うふりをして、そこから連れ出そうと考える対象が、単なる友人だと?
 けれど、親友かと聞かれれば何かが違う。
 解放した後に彼が向かうだろう人物を思った時、いつかの切ない痛みに襲われた。
 は、それの正体をまだ知らない。
 見送る立場からくる感情なのか、まったく違うものなのか。

「ま、腐れ縁ってやつだね。私のために一生懸命働いてくれると嬉しいなっ」
「何でお前のためなんだ」
「あれ? 私の家って実は由緒ある旧家なんだよ。帝王のもとでそれなりの地位から始めたかったら、私と仲良くしておくのはいいことだと思うけどな〜」
「それがお前の本性か……!」
「何なら今からマブダチでっ」
「……マブはいらん」
 ふっと顔をそらしたセブルスの顔はまだ青白いが、耳がほんのり色づいているのをは見逃さなかった。
 これからどれくらい付き合いが続くのかわからないが、どこにいても彼がいるかぎり自分らしくいられる──それは、の中で絶対の真実だった。




 相互リンクありがとうございます!
 愛あるからかい・対象はセブルスくん です。
 時代設定のせいか、やや影が差してしまいましたが……!
 そして恋愛色が薄いですが、セブルス夢だと感じていただけたら嬉しいです。
 これからよろしくお願いします。