「おお、殿! こちらにおられたか」
「なんでしょう、幸村様」
底抜けに明るい声が私を迎える。
疲れなど、その声一つでどこぞへと吹き飛んでしまう。
「殿、殿、向こうで佐助が団子を……」
不自然なところで言葉を切った彼に、どうしたのかと見やると、何か不思議そうな表情をしていた。
「殿、今帰りか?」
「ええ、そうですよ。良くわかりましたね」
「まあな。殿のことは佐助からも良く聞く故。
それに、某も殿のことを気にかけている故」
「それは、まあ……ありがとうございます」
「ところで殿。さっきも申しかけたが、向こうで佐助が団子を準備しているのだ。一緒にどうだろうか」
「幸村様が良いと言ってくれるのであれば、是非に」
主君から気にかけている、などとても嬉しいことを言ってくれているが、どうしたのだろうか。
いつもは破廉恥、破廉恥! と騒ぎ立てている人とは別人のようだ。
「して殿。任務帰りであるならば、大層疲れているであろう。
誘っておいてなんだが、先に体を休めたいのではないか?」
なんと、この年若くも勇猛果敢、紅蓮の鬼と称される主君は、
私のような身分のない草の者にまで目をかけてくれ、心配などをしてくれ、心まで砕いてくれるのだ。
「いいえ、幸村様のお誘いを断るほどの疲れではありませんから」
「そうでござるか? ならいいのだが」
了承の意を伝えると、まるで幼子のようにぱっ、と満面に喜色を浮かべる。
どこまでも純粋な主君を前にして、私はふと、このように薄汚れた私が彼の前にいてもいいのだろうか、と思った。
こんなにも汚れ、影となることしかできない私が、眩しく爆ぜる炎のような彼の前に。
「では、行くか!」
大好物であるという甘味を前にして、こころなしか浮足立つ主君は、やはりどこまでも真白い。
だからこそ、近くにいればいるほど私の汚れが、薄汚さが、余計に目立つように感じる。
「そうですね。幸村様、そんなに急がずとも甘味は逃げません」
「そうだな。……いや、逃げる。佐助が隙を見て某の分まで食してしまうやもしれん」
「佐助さまもそんなに食い意地は張っていないかと思いますが……」
ふふっ、と思わずもれた笑みに幸村様が反応する。
「殿、先程は何かしら悩んでいたようであるが、
やはり微笑んでいた方が殿には似合うと思うぞ」
言った後に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながら、
では、先に行っているでござる! と駆け出していった主君を見て思う。
私は、主君があなたであったからこそ、こんなにも穏やかでいられるのです、と。
だから私は。
「殿、準備ができたでござる!」
「早く来なよ、ちゃん。でないと俺様が先に食べちゃうからね」
「何、それは俺が許さんぞ、佐助」
「今行きます」
だから私は、あなたの手を煩わせないよう、あなたがなるべく手を汚さずに済むよう、あなたの為に働きます。
私が、あなたの分まで、どんなこともして見せます。
ですから、どうか。
そのまま真白いままでいてほしいのです。